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-- a little お出かけ情報 --

■近江八幡骨董市■
【日時】2013年8月11日(日)8:00~15:30
場所:近江八幡市日牟禮八幡宮
主催:峯

--> ■ミニロハス■
【日時】2013年8月17.18日(土・日) 10:00~20:00.10:00~17;00
場所:千里住宅公園
主催: シティライフ


朝っぱらから・・・。

CA3C0083.jpg

今朝何がキッカケだったんだろう?
娘から教えられた教科書に載ってる詩。

吉野弘のI was born
http://uraaozora.jpn.org/poyoshino2.html
全文はのっけていいんかわからないのでコピーして貼り付けてもらったら全文が見られます。

私の時はあったのかなぁ?
私は国語の嫌いな子供だったからちゃんと授業聞いてなかったりしたからなぁ・・・
解釈は人それぞれなんに授業で同じ様に理解しなきゃいけないことを
うっとおしくて押し付けがましく思って、
幼くて自分勝手な自分は適当に過ごしてたからなぁ・・・。

中学、高1、そして高2の今年も掲載されていたらしい
生まれてきた事を思春期の子達に考えさせたいって意図なんやろうな。

教育的なあざとさも感じないでもないけど
何より、自分がここに書こうかなと思うくらい考えさせらた。

ちょこっと抜粋

I was bornの一節

――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――

子供達は単純にそんな風に考えてる節があるのかもしれないなぁ。
実際この子は中1の設定で、文法の気付きをして何気なく言ってるんやけど

子供達は何回も習ってそのうち何か感じ取ってくれるんかなぁ
ただ成績が欲しくて先生の望む答えを答案に書くだけなんかなぁ?
それともこんなおばはんになってからいまさら考えてまうんやろうか?

ただ今更、たまには国語の授業ちゃんときいといたらよかったかなぁとか、
当時そんな穿った考え方だったからなかなか人の気持ちを読みきれないんかなぁとか

朝っぱらから無知なおばはんはちょっと考えさせられたわけですゎ

そうそう、この詩ところどころの表現がグロイ。


蜉蝣のくだりで
卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。
とあって

という訳で粒粒ガラスに張り付くヤモリの裏側を画像にしてみました。
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